「ばあちゃんがしゃべらない」
「ばあちゃんがしゃべらんのよ」
しみじみと母が言う。
母の言うばあちゃんとは私にとっては祖母で、母にとっては実の母だ。
その祖母はつい一週間ほど前に他界した。
お骨の祖母に話しかけても、しゃべるわけがない。
今年に入ってから祖母は介護が必要になった。
二年ほど前に発見された肺がんが進行したのと、老衰の両方からだった。
祖母の介護は大変だったと思う。
普通の介護だけでも大変なのに、祖母は頑固ババァで「ありがとう」など一言も言わない。
母の苦労は並大抵ではなかったはずだ。
さらに母はすぐに私を呼べばいいのに、迷惑をかけるわけには……と頼らない。
もっと早く言ってくれればというのはあったが、それは別の話なのでいい。
とにかく、母にとって祖母の介護は大変なものだった。
外出しても祖母の薬やおむつの時間を気にしなければいけない。
なにかあったときのために父に留守番を頼んでいても、早く帰らなきゃと気が焦る。
私が帰ったときに一緒に行ったランチで、「外食なんて久しぶり」と喜んでいたほどだ。
さらには祖母は母の問いに返事をしない。
決して、ぼけているわけではない。
声を出しづらいというのはあったようだが、うなずくすらしない。
いつも寝たフリをして無視していた。
そのうえ……と祖母の介護の大変さを書いていくとキリがない。
そんな祖母から解放されて、母はほっとしているのだろうと思っていた。
でも母は言うのだ。
「あれだけいじわるしたから化けて出るかと思ったのに。
出てきやしない」
なんだかんだいいながら母はやはり、淋しいのだと気づいた。